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医学部再受験生が南木佳士『医学生』を読む


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みなさんは南木佳士という作家をご存知だろうか?
芥川賞作家であり、医師兼作家という特徴的な経歴の持ち主だ(他にも海堂尊とかいるけど)。詳しくは以下のWikiのページを参照してみてほしい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%9C%A8%E4%BD%B3%E5%A3%AB

受験的な面から言ってもセンター国語に2回出題されたことがある。そういったこともあってか、私は高校生の頃、代ゼミのセンター模試の問題文の中で南木の文章に出会った。そこから興味を持って、高校生の自分は数冊彼の文庫本を買ってみたのだったが、その中に『医学生』もあった。大まかなあらすじは以下のようなものである。

"新設間もない秋田大学医学部に、挫折と不安を抱えながら集まった医学生たち、和丸、京子、雄二、修三の四人は、解剖に外来実習に、失恋に妊娠に患者の死に悩み、あたふたしながらも、自分の生き方を探っていく。そして、彼らの十五年後――。自らの体験を振りかえりつつ、人生の実感を軽やかに爽やかに綴る永遠の青春小説。"(Amazonの内容紹介ページより)

大学の部活の新歓シーズンも一息つき、少し時間ができたところで約10年ぶりにふと読み返してみたところ、いくつか自分の中で新たな気付きがあったので記してみる。

  

 
①医学部生の医学部進学に当たっての迷いを真摯に表現している。

"今でも東京に帰って文科系の大学に入りなおそうと思えば両親は反対しないだろう。ただ、部屋で荷作りをしながらも和丸が迷っていたのは、ではおまえは何になりたいのだ、という内なる問いに答えられないでいたからだった。文科系の大学に入って英文学でも哲学でも好きなことをやればいい。ではその先どうするのか。高校の教師……空論の受け売りは嫌だ。大学の教官……教えるための知識の取得なんてもっと嫌だ。普通のサラリーマン……自分を殺して組織の歯車になるのはとても無理だ。" 南木佳士医学生』より

この小説の4人の主人公、和丸、京子、雄二、修三のうち、和丸、京子、雄二の3人は、入学時は医師になりたいという気持ちがあまり強くない。「文系の学問に興味があったが卒後に就く職業まで考えると……」、「本当は法学部に行きたかったが親や周囲に推されて」、「理系の方が向いていたし、医学部が流行りだったから」とそれぞれのある意味"しょうもない"理由で医学部に入っている。唯一、修三は「教え子が急死した」という強い動機を持っているが、彼は再受験生である。
この、現役・浪人合格組の志望動機が、何ともリアルなのである。最近流行りの医療ドラマだと、作者が見栄えを気にしてか登場人物は強い動機を持って医学部に入ったという者が多い。しかし、南木は医学部に進学する者の多くが、ある意味"しょうもない"動機で入っていることを取り繕うことなく、しかし登場人物に共感できるくらいに真摯に描いている。
自分が医学科に入ってみて、同級生が20歳前後とは思えないほど人格や社会への認識が「出来ている」一方で、みな定番の医療ドラマでは描かれないような迷いを持って医学科に進学したことを知っていると、南木の描き方は非常にリアリティがあると感じる。

 

②解剖実習の様子もリアル。

"「おれのところにはどうして頚神経ワナがないんだろう」
修三は何度も身を乗り出して雄二の側の頚部をのぞき込んだ。
〜(中略)〜修三は迷い、かつ焦っていた。"南木佳士医学生』より

作中で、主人公の4人が同じ解剖実習班になって解剖実習に当たる様子が描かれるが、その様子も何とも言えずリアルなのである。勿論、初めてご献体を前にした時の、あの何とも言えない緊張感、そして自分達がこれから抱えていく何か、のような感じもしっかりと描写されている。しかし実習が進んでいくにつれ、その感じがやがて時間内に指示の通り解剖をしっかりと行わなくてはならない、という焦りに変容していく様子の描写も上手い。
というか、舞台が昭和なのに、最近自分たちが取り組んでいる解剖と確認箇所がほとんど同じで驚いてしまった。どの時代も解剖実習において重要な確認項目となる箇所は同じなのだなー。

 

総論

最近の医療系ドラマが「命に向き合う姿勢」に焦点を当て、医学生はみな強い動機を持って医師になる……としたがる一方で、『医学生』は現実の医学生がみな大なり小なり抱えている、ある種の"しょうもなさ"を真摯に描くことで純文学にしている。もし、これを読んでくれている人が既に医学生なら、迷って医学部に入った人は共感できる点が多いと思うし、逆に強い動機を持って医学部に入ったため周囲の気持ちが分からない、という人にもお勧めできるので、機会があればぜひ読んでみてほしい。

医学部ではない人も、医療ドラマブーム熱が強い昨今、誇張された形でなく医学生のありのままを描いている小説は稀有だと思うので、手に取ってみてはいかがだろうか。